数える」の続編 勘違い旦那と意地っ張りご主人でR18要素あり


「お前にしては随分と時間がかかったな、アーカード」差し出した指を口にくわえて舐め始めた男から、ようやく自分の指を奪い返したインテグラは、目を細くして舌なめずりしている自分の従僕にそう言った。

「ああ、白兵戦だしな。それに殲滅を指示するお前の命令(オーダー)も、そして褒美も無いと来れば、要は自分の気力次第だ。たまに面倒になるときもある」そう言った男はニヤリと笑って見せた。

愛しい主の命令もなく、ご褒美と称して半ば強引に奪う主人の温かい唇が得られなければ、やる気も削がれるらしい。

「馬鹿か、お前は?私がどれだけ心――......」

うっかり心配していたといえば、またいいようにこの男にあしらわれるに決まっている!そう、昔の感を取り戻した女主は賢明にもそこで言葉を切った。

「何だ、我が主。どれだけ心配したか察しろとでも言うのか」しかし男はニヤニヤと嫌な笑いを作って、インテグラの切った言葉の先を言い、愉しそうに笑うのだ。

「違うぞ、馬鹿! お前たちが散らかしたロンドンを復興するまで、私がどれだけ心労を重ねたと思ってんだ!という事だ。苦労しっぱなしの三十年間で、こんなにシワも増えてしまったんだぞ。このシワの何本かは、確実にお前が作ったものだと思え。失踪したまま三十年も放浪した馬鹿吸血鬼が」

年輪を経た主は、凄みと迫力を増していたが、それはその隻眼のせいもあるのだろう。女主は残された貴石のような瞳を皮肉っぽく歪めてみせた。どうやらこの女は、歳と共に幾重にも複雑に、皮肉な顔を作るれるようになったらしい。

「その間、セラスがこのヘルシングを維持する一翼を担って・・・・・・あれ、セラス?」振り向いてセラスを探したインテグラは、その姿がどこにも見当たらないことに首を傾げる。

「あいつなら、さっさと引き上げたぞ。野暮なところが抜けて、随分と気が利くようになったものだな」そう言って吸血鬼は口を裂いて牙を剥き、本当に愉しそうに笑う。


セラスが野暮じゃなくなったって、何だ?一体お前は、何がそんなに愉しいのだ? そんなことを思いつつ、牙を剥いて恐ろしげに笑う割には害意のない目つきの従僕を、女主は眉間にシワを寄せて見上げた。

「私のためにシワを刻んだとは嬉しい限りだが、さらに眉間にシワを刻むことはないだろう、我が主。さて、失踪していた三十年分の空白をこれから埋めねばならんのだ、夜は短いぞ。クズクズするな」

「グスグスするなって、お前―― おい、ちょっと!」

相変わらずな鈍感さをそのまま三十年間保ってきた野暮な女だったが、それでも男が笑いながら女の膝裏に手を入れて抱え上げた時には、その意図するところがはっきりとわかった。

「さて、ここから新しく数えなおしてもいいが、今まで数え上げた回数に足していくのもいいだろう。まぁ、並行して数えたところで、どうということもないし」

女は自分を抱き上げた男の腕の中で、「はぁ~~」と、疲れたように嘆息して見せた。

インテグラには二十代の青い小娘の時ように、今更ながらその行為を騒ぎ立てて止めようとする若さはなかった。なかったが、しかし・・・・・・やはりこの男には『三十年の間の積もる話をしよう』と言う情緒はない訳だな、と。そう、あらためて思ったのだ。そして、この男は相変わらず几帳面に、情交の数を数え上げる気なのだな?と、ちょっと疲れた気持ちにもなる。


吸血鬼は腕に抱えていた主をベッドにドサリと投げ落とすと、シーツの上に散ったインテグラの美しい髪が、ライトにキラキラと輝くのを見て、夜族の笑いを見せた。

白さを増したが、その髪は相変わらず綺麗に手入れされていて、とても美しい白銀の輝きを放っている。そんな輝きに威厳を伴った女は、益々、月の女神そのもののように見えた。

男は隻眼になった自分の主にかがみこみ、その耳元に魔性の柔らかいベルヴェットボイスで言霊を吹き込むように語り掛ける。

「私は、私の中で私が取り込んだ生命と戦っている間も、お前を見たいと思っていた。もっとお前を知り、もっとお前を解りたいと思った。お前を抱くのは見たい、知りたい、解りたいという欲望の究極の表現だな」そう言って男は、妖艶な夜族の笑いを見せたのだ。

きっとこの男はこうやって女を誑らしこむ言葉を吐きながら数多の女を騙して喰らい尽くしてきたのだと、インテグラにも判っていたが、その夜は強いてその言葉に角を立てるような真似はしなかった。だが大人しく化け物の言いなりになるのも癪なので、その整った白皙の頬をきゅぅっと摘み上げる。

「見たい、知りたいと言う精神欲求の爆発か―― 何をルネッサンスの解説のようなことをほざいているんだ、この馬鹿。失踪するは、放浪するはで、お前は野良犬になったのかと思ったぞ。しかし、ちゃんと帰ってきたことは褒めてやろう、アーカード」

そう言った女は、アーカードが驚くような妖しく綺麗な微笑を見せて、緋色の帽子を取り上げると、吸血鬼の癖のある柔らかい髪へと手を伸ばしその頭を優しく抱えると、自ら吸血鬼の冷たい酷薄そうな唇へとその唇を重ねた。

女主の温かく甘い口づけは、三十年の間、静かで涼しい蔵の中で熟成された晩熟のワインのようで、甘さの中にも仄かな苦味が混じった芳香は、化け物の男を酔わせる魅惑に満ちていた。

少し湿った音を立ててゆっくりと唇を放した女主は、ただ黙って自分を覗きこんでいる従僕に、皮肉さが含まれる微笑を浮かべて見せる。何も言わずに自分を見下ろしている従僕の男は、きっと少しは驚いているに違いない。

化け物から口づけされては怒って相手をなじり平手を食らわせていた、あの若かった頃とは違うのだ。私はあの頃とは、比較にならんほど成熟しただろう?三十年とは、そう言う月日だーー 女は目を細めて微笑み、無言で吸血鬼の男に知らしめる。

「・・・・・・お前からの接吻は、初めてだぞ」

それは嬉しいのか怒っているのかわからない憮然とした声で、たぶんその両方だったのだろう。

この女がこれほど成熟したのは、彼女自身の努力と鍛錬によるものが大きい筈だ。後始末をつけ、前に進まなければならない状況下でのたゆまない努力。

しかし、その他にも、女を成熟させるために手を差し伸べたものが少なからずいたのだろう。成熟を醸し出す女盛りの時期に、その花を大きく咲かせる一助になりえなかった。その事実が、男を内心歯噛みさせ、地団駄を踏ませるような悔しさに駆り立てているとは、女主は知らなかったが。

「私だとて、犬に褒美をやることくらいできるぞ。伊達に三十年過ごしているわけではない」

その言葉を聴いた化け物はマチネ色のサングラスを外すと、見るものに冷水を浴びせるような肝が冷える冷酷で残忍な眼差しで、笑って見せた。

「さて、我が主どの、どれ程の者たちに温情的なご褒美を与えたのか、その数を教えてもらおうか?」

そう言った男は乱暴としか言いようのない手荒な仕草で女主の衣服を剥ぎ取りにかかり、相変わらず艶やかな女の肌に冷たい手を這わせるのだった。


まさか自分の言葉が男の複雑な感情を逆なでしたとは気付かない女は、アーカードの性急で乱暴な手つきと接吻に、息を上げて肌を粟立てた。

その感覚さえ忘れていた男の冷たく長い舌の侵入に人ならざる男の有り様を思い出し、乳房を乱暴に捏ね上げてその勃ち上がった頂きを痛いくらいに摘み上げる指先の冷たさに、この男は常軌を逸した存在だったことを思い出す。

痛いような乱暴な愛撫に当然濡れるはずもなかった女の膣に無理やり指を挿し入れた男は、苦痛に女が身悶えるのにも構わず、さらにその指の本数を増やす。そして、女主が唇を噛締めて仰け反るほどの苦悶を与えながら、薄っすらと意地の悪い笑いを浮べるのだった。

「随分と固く閉じられているな。それに情交の名残もない。最近は誰ぞに『ご褒美』を与えたわけではなさそうだな、インテグラ」

女の貞節を嘲る言葉を口にしながら冷たく笑って苦悶を与える男に、インテグラは抗議の声を上げようと口を開いたが、アーカードはさらに濃厚な冷えた接吻をそこに与えて、女の温かく柔らかい口内を蹂躙する。

真珠のようなエナメル質の歯列を舐め上げて頬の内側を突付き回し、舌下に無理やり舌を差し込んでは、相変わらず甘い毒のような吸血鬼を魅了する唾液を啜り上げる。弾力がある滑らかな舌を吸い上げて自分の口内に導き、やんわりと甘噛みを繰り返す頃には、女は意識を飛ばしかけていた。

女の膣に突き入れた指もぬめりを帯び始め、その入り口の厚みを持った花弁が男の指に纏わりつくように絡みつき、湿った音を立て始める。

指を潜ませた奥深くのふっくらとした丘陵になった柔らかい部分を何度も擦り上げ、細かい襞の部分は丹念に細密な襞を広げるように指先を蠢かせると、控えめな水上の音楽が響き始め、男の指を湿らせるように蜜がトロトロと溢れはじめた。

男が長い間夢想していたよりも、そこは温かく、滑らかで、細密で、そして相変わらずとても狭かった。

甘い吐息を吐き出して、ほとんど抵抗を見せなくなった女主の内腿の間に顔を埋め、その両足を骨盤がきしむほどに広げると、戦慄くように蜜を吐き出し始めた花弁が開かれ、鮮やかなルビー色になって立ち上がった花芽が目に映る。

快楽に酔って充血したそこは、森の木陰に隠れた熟れた野イチゴのように赤く色づいていて、それを指先で丁寧に剥いた男は隠されていた宝物を見つけた子供のように目を細めて喜びの色を瞳に浮べる。

そして、その息づくように男を誘う開き始めた花弁へと、ゆっくりと口づけた。

鋭敏な陰核に舌を巻きつけられた女は、その感覚に背を仰け反らせて、艶やかな鳴き声を上げる。それは耳に心地よい音程で、高くもなく低くもない、麗しい夜鶯鳥の鳴き声。

「襞も、立ち上がった陰核も、熟れた野イチゴのような綺麗な肉の色のままだ。褒美を欲しがる男どもと、肉欲に溺れるようなセックスをした訳でもなさそうだな。それにこっちの唇は、厚さとしなやかさが昔より増し、絡みつくようだ」

露骨にそこを評する男に眉をしかめた女主は、繊細な指で従僕の黒髪を掴んで引き剥がそうとしたが、男はさらにその花弁に深く口づけ、中へと長い舌を突き入れる。男根のように抜き挿しされる冷たくて太い舌の異様な感覚に、女は苦情を申し立てる前にさらに甘い鳴き声を上げた。

「はあっ、あぁ、あっ!」

化け物の鼓膜を甘く震わす夜鶯鳥の声に赤の瞳を強欲そうに眇めた男は、まだ十分に潤っているとは言いがいそこから顔をあげると、緋色のコートと漆黒のジャケットを脱いて女へと覆い被さり、トゥラザースから猛った自分の欲望を取り出してそれを握り、彼女の膣口へと宛がった。

腹につくほど反って猛った男の欲望を見てギクリとした顔を浮べた女主は、それが性急さをもって自分へと宛がわれたことに狼狽し、ベッドヘッドへと身体をずり上げる。だが、背中の下に敷かれたプラチナゴールドの長い髪が邪魔でもがいている内に、更に表情を冷たくした男からすぐにベッドに縫いとめられ、女は更に深く寝具へと沈み込んだ。

押し付けられた欲望の先端が彼女を裂くように広げ、インテグラが身を捩るたびに、先端のくびれがえぐるように襞を嬲る。それは苦悶なのか、快楽への門を潜るための試練なのか。その苦しさと疼く痛みに、女主人は下僕に眉を寄せて苦情を言いった。

「やだっ、痛いんだ、まだ挿れるな!そんなに圧すな!何でそんなに性急で暴力的なんだ、アーカード。女と情を交わす時の情緒ってもんを、知らんのかお前は!」インテグラは残った片方のブルーアイズを細くして、恨みがましい視線を送る。

しかし、それは更に吸血鬼の怒気をヒートアップさせるだけだった。

堅物で初心だった主の女が、歳経た化け物の男に『情交の情緒を解せ』と言うのだ。自分が飼い主を見失って放浪している間に、どこぞの男が自分の唯ひとりの主に褥で睦言を交す情緒でも教えたのだろうか?―― そう疑った従僕は、残忍な劫火色の瞳でインテグラを見下ろした。

三十年渇望し続け、帰陣を願ってやっと主の許に還り着いたのに・・・・・・

その間に、女主から情と身体を賜った男が居たのかもしれない。そうと考えるだけで、怒りが込みあげて歯止めが効かなかったし、三十年の間、深淵に沈めていた『女主とひとつになりたい』と云う欲望も猛り狂っていて、これ以上、この吸血鬼は情欲を抑えられそうもなかった。

これではまるで、初めて女を抱く若造のようだ・・・・・・自分の狂気を含んだ欲望をそう嘲笑った男は、残酷に見える吸血鬼の笑いを皮肉気に歪めた。

口の両端を吊り上げて牙を剥いて、皮肉たっぷりに笑った男の顔を見たインテグラは、「おい、アーカード。お前、何か怒ってないか?」と、ようやく男の感情を察したが、それが言い終わった途端、苛虐と支配欲に駆られた男の暴力的な欲望の肉杭に一気に突き上げられて、苦悶のうめき声を上げるのだった。


いきなり何度も最奥を突き上げられ、内臓が押し上げられるような苦しみと、十分に潤っていない内壁を擦り上げられる痛みに、女はこめかみに汗を浮べた。

気持ちが悪くなって吐き気を催すほどに激しく揺さぶられ、嵐に飲まれた小船のように翻弄された女は、意味をなさない言葉を口から紡ぎだして、シーツを固く握り締める。

腰と背に手を回して彼女の身体を膝の上に抱き上げた男は、部屋の明かりにキラキラと煌く絹糸のような髪に手を指し入れ、更に激しく下から女を突き上げる。

男の猛った欲望に串刺しのように貫かれた女は、一点で深く繋がった情動に悲鳴に近い声で甲高く抗議を告げたが、男は彼女の苦悶の顔を見ても冷たい笑いを漏らすだけだった。

今のこの男には、情緒も余韻も必要ないのだ。

長い間、焦がれてきたこの『人間である女』と、ひとつになることだけが吸血鬼の飢えを満たすのだ。

女の髪をかき乱しながら首筋の肌を吸い上げて赤い情交の痕を残し、下から腰を深く突き入れる。すると女は背を仰け反らせ、一際声を高くして鳴く。

目の前に突き出された乳房は、まだ十分にハリと弾力があって、女が喘ぐたびにその勃ち上がった頂きが震えるように上下している。

男は誘われるままに、その充血した頂きに舌を這わせて舐め上げると、彼女の声に今までになかった甘さが含まれた。

「―― ここが善いのか?」

そう尋ねても返事はなかったが、男がそこを口に含み舌先で転がして強く吸い上げ、尖った牙で甘噛みし、勃ちあがった頂きを歯でしごき上げると、女は肌に汗を浮かべて淫らに腰を振り、男の物を嬲るように締めつけはじめる。

「まったくお前は。どこが善いとか、どうして欲しいとか、まだ云えんのか。相変わらず困ったものだ」

女主人が腰を淫らに振って与える快楽に下僕は愉悦の笑みを零すと、彼女をベッドへと横たえて激しく抽挿を繰り返し始めた。

組み敷いた女が身悶えるように反応する部分を、膨れ上がった欲望の先端でえぐるように擦り上げると、淫猥な水音が激しく響き、男を咥えているそこからは、抽挿のたびに泡立つほどに淫液が滴りはじめる。

抜ける寸前まで陰茎を女の腰から引いた男が、勢いをつけて更に激しく腰を打ち付けるたび、女は甘く鳴き、そして内壁の細かい襞を震わせて、きつく男を締め付ける。

これから快楽の絶頂を迎えようと、男の物を締め付ける襞が細密に震えてそれに合わせるように女が腰を淫蕩に揺らすと、インテグラの上に乗って巨躯を豊かに揺らしている男が、くつりと喉の奥で艶やかに呻いた。

その喘ぎに誘われるように、インテグラは熱に浮かされた潤んだ瞳で、アーカードを細く見上げる。

『あぁ、この男ですら淫欲に果てる時には、こんな顔をするのだな』と、下僕の情欲に憑かれた美しい顔を見た女は、何故か安堵と哀惜の両方の波に感情を飲まれた。

インテグラはシーツの上に投げ出していた、汗にまみれた二本の足を持ち上げると、それを男の引き締まった逞しい腰へと鋼のしなやかさで巻きついて、冷たいアーカードの身体を絡め取る。

しなやかで温かい女の脚が、力強く男の腰に巻きついた瞬間、アーカードは血の色をした瞳の中に、驚きと喜悦を浮べた。

そうせずにはいられない感情のまま脚を絡めた女は、瞳に驚きと歓喜を浮かべた男を、快楽への門をくぐりはじめた妖艶な青の瞳でシーツから見上げている。

しかし、歳経た老獪な吸血鬼は、瞳に驚愕と喜悦は浮かべても、決してあからさまな驚きと愉悦の表情を顔に乗せることはなく、それを見て取ったインテグラは心の中で少しばかり苦く笑った。


―― 少しくらい驚いた顔とか、嬉しそうな顔をしてもいいのに。つまらない奴。

死ぬまでの間に、この男が驚いた表情を見てみたいものだ―― そう思ったのも束の間で、腰を打ちつける音と淫猥な水音が高まる中で、背筋を震わせながら這い上がる白熱色に脳を焼かれた女は、男を咥え込んだ秘部を痙攣するように震わせて、従僕の膨れ上がった欲望をきつく締めつけた。

アーカードがそれに促されるように喉の奥で艶やかな喘ぎを漏らしながら最奥に精を吐き出すのを、インテグラは『とても冷たい』と感じながらも、しかし満たされ・・・・・・そしてそのまま、意識を飛ばしてしまうのだった。



「っ!?・・・・・・っ、冷たい?」


すでに人生の半分以上を見えぬ状態で過ごしたその眼の閉じられた瞼の上を、冷たいものが行き来していた。

顔を洗ったり、髪を洗ったりと、プライベートなごく僅かな時間を除き、アイパッチを外すことなどなかったそこにふれる冷たい感触。それは、熱を持った気だるい女の意識を、少しずつ覚醒させるものだった。

インテグラは四散する思考をまとめ上げて、蜂蜜色に輝く瞼をゆるゆると押し上げて硬質なブルーの眼を覗かせる。すると、タイを緩めてシャツをだらしなく肌蹴て真っ白な白蝋の肌を覗かせた吸血鬼が、無表情なまま冷たい指先で、女のアイパッチを外した瞼に触れているところだった。

その様子を黙ったまま、眼を細めて仰ぎ見ていた女は、男の三十年経っても変わらない、シワひとつない秀麗な容貌を、『こいつってやっぱり、化け物の美しさだな』と、眺める。

「瞼は綺麗なもんだな。傷は眼球だけなのか?」

この男が人を慮ることなどない。何故なら正真正銘の化け物なのだから。

だったらその質問は、興味本位から出たものなのだろうか? それとも、自分が主人を置き去りにして消え去ってしまった後のことを知りたいと―― そう思った好奇心から出た言葉なのだろうか?

女は心の中に複雑な想いがあることを隠しながら、その質問にかすれ気味の声で応えた。

「ああ、あの少佐から撃たれて傷がついたのは眼球だけだ。親衛隊なのにあれ程まで銃が下手糞な奴が居るとは信じられんよ。まあ、だから眼だけで済んだとも言えるが」

あれはもう遠い遠い昔のことだ。自分が若かった頃の出来事だ。

しかしあの戦争とも云えない馬鹿騒ぎのような闘争が、この地と自分を苦難の道のりへと導いた。


復興計画も順調に進み、あの狂気の闘争の片鱗を街の中から見つけ出すことは難しい。しかしその傷は深く深く刻まれた。誰もが尊いものを失い、最愛の者を喪って、途方に暮れて、慟哭したのだ。

そう、自分だって再興した屋敷の部屋の中で失ったものの多さと大きさに涙して、嗚咽をかみ殺した夜を過ごした。

失ってから大切なものに気付くこともあるんだな、と。その時は苦く笑ったが、その失ったもののひとつは、今夜、唐突に自分の手に戻ってきた。

「―― 遅いよ、遅すぎる、アーカード。」

深い感慨に沈んだ主の女が、歩んだ人生の軌跡を年輪のように刻んだシワを少しゆがめて、アーカードに静かに呟いた。

それを黙って聴いていた従僕は、その主人の言の葉に、とても珍しい神妙な顔をして見せた。

「すまない」

それは帰りが遅くなったことを母親から叱られた童(わらわ)のようでもあり、勝手に放浪して行方をくらました後、戻ってきた飼い犬が、ご主人様から叱られてシュンと項垂れた時のようでもあった。

不死者の王、不死の君、吸血鬼、伯爵―― 化け物の最上位に君臨する暴君が、神妙に謝罪を述べる様子は、可愛くもあり、可笑しくもあった。


―― この男を可愛いと思えるなんて、私も歳をとった証拠だな

そう思った女は、ニヤリと主の女らしく不敵に笑って見せると、今だけはしおらしくしている犬の長く伸びた漆黒のさらさらとした髪を撫でてやる。すると撫でられた犬は赤い瞳を瞬かせ、今が確実に美しい女主を食い入るように見つめるのだった。



今夜はさすがに疲れた。これでは美容にも悪いし、明日の会議にも差障りがある。そう思った女は、青い貴石のような美しいブルーの瞳・・・・・・いまはたった1つになってしまったそれを細めて、男の反対側へと寝返りを打った。

「あぁ、眠い。私は寝るぞ、アーカード。・・・・・・おやすみ」

しかし、そう呟いて瞳を閉じた女の耳にシュルシュルと言う衣擦れの音と、男がシャツを脱ぐ気配が伝わった。

――おい......何をしてるんだ?

何かウンザリするようなことを仕出かす気配を感じながら、女が更にベッドの端の方へと逃げようとすると、後から死にぞこないの冷たい身体の男が、インテグラの熱いほどの身体を抱きすくめた。

「我が主、寝るな。まだたった一回だぞ。三十年分の空白を埋めるには、少なすぎる。もっとするぞ」

「もっと、って、お前なぁ~ 何回すれば気が済むと言うのだ?」声を低くした女が、振り返らずに瞳を閉じたまま質問する。

「そうだな、少なくても、もう5回ほど。すると、帰ってきてからお前とセックスをした回数は6回で、トータルすると、せさんにひゃ・・・・・・」

その几帳面すぎる数へのこだわりを発揮して、今まで重ねた情交の数を言おうとした男の口の両端を電光石火の速さで振り返ったインテグラはムニィィィっとつまむ。

「それ以上言うな、馬鹿!この几帳面で淫乱な絶倫吸血鬼!」ドスの効いた低い声でそう言いながら、男の口を摘んだ女は眦を吊り上げる。

どこの世界にセックスの回数を数え上げる男がいると言うのだろう?その情緒のなさに女は、眉間にシワを刻む。

しかし男は口の両端を摘まれたまま、笑ってみせた。

間近で見る牙を剥いた吸血鬼の笑いは、やはり迫力があるものだな。それも五百年をゆうに超える化け物は違うな―― と、妙なところに関心している女の手を怪力で掴んだ男は、そのまま笑いながら主へと覆いかぶさった。

「俺が居ない間に、我が主は随分と素晴らしい淫らな所業も覚えたようだ。男の腰に足を絡めるなんぞ、嬉しくて身震いするぞ! その所業を教えたのは、どんな奴だ? それも褒美を与えた相手か? そして、褒美を与えた相手はどのくらいだ? 何回、温情を与えたのだ?」

これはーー この吸血鬼が持つ昔からの異常な所有欲が発揮されているのか? あるいは数に関して几帳面すぎる性分が発揮されているか?

だが質問する男の顔は笑っていても、血塗られた色の瞳は冷酷で、いずれにしても厄介なことになりそうだと、女は考える。

確かにこの三十年、何度か人の男から接吻をされたり、与えたりと言うことはあったにしても、いざ身体を重ねようとする状況では、いつもこの吸血鬼のことを思い出してしまい、結局はインテグラは何もせずに終わってしまっているのだ。

肉欲に溺れることなく三十年間、一度足りとも他の男とは情を交わしたことがないのだ、と。そう正直に言えば済むのに、それは絶対に言いたくないインテグラなのだ。

「私は数にはルーズなんだ。几帳面なお前と違って、数なんぞ数えているものか!」

主人のその返事で、支配欲と所有欲で悋気の鬼となった吸血鬼に、結局インテグラは大層意地悪く追及されることとなる。

強すぎる快楽で拷問のように苦しめられた女が、隠していた心情を吐露した刻には、空は淡い薄紫に色づき、鮮やかな黄金色の陽が一本の矢のように褥に届くのだった。




2008.10.27

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