年老いた執事が慣れた手つきでお茶の準備を始めた時刻、熟れた小麦色した髪を黄昏の色合いが含まれる陽ざしに反射させて、女吸血鬼が「おはようございます!」と挨拶にやって来た。
彼女を見た局長は、握っていたペンを机に置くと椅子から立ち上がり、軽く伸びをしながらセラスに「ああ、おはよう」と返す。快活な挨拶をしたその娘を見ながらインテグラは『あの馬鹿の、どこをどう弄くれば、こんな可愛らしい素直な娘が生まれてくるのやら・・・・・・』と考えて、ちょっと苦い笑いを口の端に作った。
そして、その日の午後は珍しく、応接用のちょっと固めのソファへと腰を下ろし、そこでお茶を飲むことにしたのだった。

すでにソファに座ってテーブルの上にある新聞に手を伸ばしかけていたセラスは、座面が傾いだ衝撃に一瞬ギクリと身を強張らせたが、インテグラが『別にかまわん。そこに居ろ』とばかりにブルーアイズを珍しく和やかに彩って目だけで細く笑むと、セラスはコクリと頷いて『鋼鉄の・・・』と称される女指揮官の隣に鎮座したまま、新聞に手を伸ばしてそれを読み始めた。

―― 素直で可愛いだけでなく、強い信念に基づいた気骨や気概の気配を感じるな、この娘からは。そんな所は、まぁ、アイツにきっと似ていて、この婦警もきっと諦めを容易く受け入れない、そんな性分なのだろう
何故、この娘を同族にしたのか?―― と問うても、下僕は納得のいく答えを語らなかった。あの男は嘘はつかないが真実も告げない時がある。そう言ったものを上手く藪の中に隠してしまう才能は、さすがは歳経た吸血鬼!と言うべきだが、それでもこの頃、何故、この娘が同族になったのかが、何となく判ってきた気がするなぁ・・・・・・ そんな事を考えつつ、インテグラは芥子真珠の象嵌が嵌め込まれたアンティークな煙草入れから葉巻を一本取ると、それに火をつけ美味そうに深く吸いこむ。
そして、隣に座る若い女の熟れた小麦色した髪が、金色の輝きを含ませつつある陽ざしに反射するのを、眩しそうに目を細めて眺めたのだった。

「―― これ、この記事って、あれですよ! 昨日の現場の近くじゃないですか?」
セラスが新聞を読みながら、その記事をお茶道具を運んでテーブルまでやって来た執事へと見せた。
「そうですね、確かに。セラス嬢、これは昨日の現場に極めて近いですな」執事がモノクルの奥の目を細めて、その記事をチラリと見た。
「昨日の犯人と関係があったんでしょうかねぇ、これ・・・・・・」と呟きながら、さらに記事を読む彼女を尻目に、執事は流れるような優雅な手つきでテーブルにお茶のセッティングをする。
「・・・・・・でも、どーなんでしょう、これ? 昨日の事件とは直接関係なさそうな気もしますけど。別な事件なのかなぁ~~ どう思います、インテグラさ......ッ?!」
セラスがあまり大きくはない記事に目を止めて、それをじっくりと読んで首を傾げた後、女局長にそれを見せようとしたときだった。
茶器の配置が手早く終わり、後は蒸らした茶が所定の時間になったら注げばいいという頃合に、今度は、床のソファの影が濃くなった部分が蠢くように躍動すると、新聞を手に取っている娘の「親」とも「主人」とも云うべき異形そのものがザワザワと立ち上る。
インテグラは口に葉巻を咥えたまま、眉間を揉み、口をヘの字にした。その目つきのあまりの不機嫌さに、セラスはただ息を飲むしかできない。

―― 随分と早い起床だな、おぃ。お前は疲労と云うものを知らんのか!!
仕事を終えた後の昨夜の従僕は、何やらその戦闘でさらに不満を溜めたらしく、今朝まで散々自分の部屋で従僕から絡まれまくったインテグラは、『今はお前の顔なんぞ、見たくもないっ!!』という、そんな冷徹な顔をしていた。実際、もう暫らくは、従僕の顔なんぞ見たくもなかったのだ。

―― たまには、執務机ではなく、ソファにゆっくり腰を下ろして美味しいお茶を味わおうと思ったのに!そう云う時に限って!! こいつの間の悪さは一体何なんだ!?
インテグラはその立ち現れる存在を燻して、ここから追い出そうとでもするように、黒い塊が緋色の男の姿へと変貌をとげつつあるそれへ『消えろ!』と言わんばかりに盛大に紫煙を吐き出した。

―― ゆっくりお茶くらい飲ませろ、このバカ。どっかに行っちまえ!
いつもよりかなり早い時間に起きだして、女主人のお茶のお供ををしようと、内心いそいそと尻尾をふる勢いでやって来た、血液パックを両手に2つずつぶら下げてやってきた吸血鬼は、盛大に害虫の如く燻された状況に、無表情な顔の眉を器用に片方上げるという仕草で、従うべき主にわずかながらのクレームをつけた。
がしかし、男は苦情はそれだけに止めると、丁寧に我が主へ起床の挨拶を述べ、ご機嫌の麗しさを自分に返ってくる「小言」「悪口 」の部類で推し量る。そして、人間の道理に沿った小言を下僕に吐き出した主人に、皮肉な笑いを作って見せると、今度はマスターに挨拶をしたセラスを追い出して、結局は自分がそこへと優雅に腰を下ろすと長い脚をこれ見よがしに組むのだった。

―― 血液パックにストロー刺して、チューチューやってる吸血鬼の隣で、お茶を美味しく味わえと言うのか、この馬鹿野郎!!
さも当然のように隣に座る秀麗な顔した吸血鬼をキッっと青の瞳で睨むと、男は口の端をニィっと引き上げた確信犯の様相で笑い、美しい女主の顔と芳香をスパイスに、味気ない血液パックをチューチューと啜るのだった。

大声で怒鳴り、テーブルをひっくり返したいぐらい、腸(はらわた)が煮えくり返る思いに一瞬駆られたインテグラだったが、その激情が発露する寸前で、こめかみを引くつかせていた主人のティーカップにコポコポとお茶を注ぎいれた執事が醸しだすイングランド紳士らしいその風情が、彼女の火薬庫への点火を寸前で押し止める。

―― そうだっ!こんな人間の道理が効かぬ人外に、目を吊り上げて腹を立てるなんぞ、イングランド婦人らしからぬ行いだ
残っていた理性をかき集めた女局長は、そのカップのハイハンドルを優雅に摘み上げ、自分の好みを知り尽くしている執事が淹れてくれた爽やかでフルティーな香味の淡い色したお茶に口をつけた。そして、生クリームとバターを控え目に入れて焼いたブリオッシュを摘むと、その甘みが彼女の怒りをこそげ落とし、気持ちが幾分柔らかくなる。『そうだ。ロンドンの午後は、こうでなくては』と、彼女は淡いオレンジの色合いのお茶を口に含みながら、隣でチューチューと血をすする不死者の王と仇名される、ゆったりとした柔かい陽ざしの午後には全く相応しくない魔がしい存在を、出来るだけ無視することに決めたのだった。

お茶がカップの半分ほどになったところで、インテグラは「そう言えば・・・・・・」と呟いた。
この馬鹿吸血鬼が可愛らしい女吸血鬼をソファから追い出して、鷹揚に腰を下ろす前に、セラスが何か言っていなかっただろうか?―― と、インテグラは首をひねった。何か自分に問いかけていた筈だよな? と、考えた彼女は、今は真向かいに座るその新米の女吸血鬼を見たが、見つめられたセラスの方は、今は信頼性には疑問のある類の記事が書き連ねてある新聞を熱心に読んでいて、女指揮官の視線には気付かない。
「・・・・・・なぁセラス。何か言いかけたろう、さっき?」
せっかく熱心に新聞を読んでいる手を止めさせるのも、実は気が引ける・・・・・・と感じる、思いがけず繊細な部分がある女指揮官だったが、『どうせ読んでいるのは大衆紙だ。それほど深刻に記事の考察をしている訳ではあるまい』と判断すると、セラスに声を掛けた。
「―――えっ?さっき? あっ! そう言えばデイリー・テレグラフ!! そうですよ、あれに載ってた記事なんですけどねっ、インテグラさま」どう思います、この記事? これって昨日の現場で殲滅した相手と同じ犯人なんでしょうかねぇ~などと言いつつ、脇に折りたたんでいた新聞をゴソゴソと広げ、女局長に見せるためその記事を探していた所に、「二杯目のお茶はいかがでしょう、お嬢さま?」と、執事が声を掛ける。その言葉にゆっくりと当主らしく頷いたインテグラの飲み終えたばかりの美しいセーブルのポンパドールピンクの薔薇が描かれたハイハンドルのカップに、執事がまたコポコポと小気味良い音をたててお茶を注いた。その執事の洗練された手捌きを見ていた吸血鬼は、微かにだか「ふんっ」と鼻を鳴らし、口角をちょっと吊り上げて、深いシワが刻まれた執事の顔をサングラスの奥の目を細めて射るように見る。するとその視線を受けた執事は、口の両端をきゅっと引き上げると、これ見よがしに顎を反らし「ウォルター、お前のお茶は本当に美味しいよ。お前が執事でよかった」と女主人が与えた心からの賛辞を、吸血鬼に誇示するように自慢するのだった。
・・・・・・もっとも、そんな水面下のひそかな男共の遣り取りなど、女たちの全くあずかり知らぬところであるのは、毎度の事なのだったが。

「これですよ、これ! どう思います、インテグラさま?」
その記事の部分を読みやすいよう折りたたんで女局長に渡したセラスは、テーブルの上の空気中に焼けるような熱線の軌跡を見た思いがしたが、それには突っ込まずにインテグラの反応を見る。その折りたたまれた新聞の記事に、確かに殲滅戦を展開した町名とほぼ同じ住所が記載されているのを見たインテグラは、あまり大きくない、陰湿な事件の連続性を書いたその記事を読み始めた。紙を握るわずかなカサカサと言う音を立てながら彼女が新聞を読んでいる間、隣に座る吸血鬼は、4本目の血液パックを手にとって、それにぷつりとストローを差し込む。

人外のモノがチューチューと暢気に血を啜る、化け物が跋扈するにはまだ早い、ヘルシング邸の静かな午後。穏やかな傾きを見せる陽の射し込みに2人と2匹は照らされながら、執務室のソファの周辺で思い思いの束の間の時間を楽しむ―― そんな午後だった。

すると記事を読み終えたらしい女局長が、パサリとその新聞をテーブルに置く。そして自分の味覚には決して合わない微妙な味のものを食べてしまった時のような、酸っぱいような、渋いような、そんな顔を作ると、「ふうっ・・・・・・」と猛々しい女指揮官には似つかわしくない、女らしい吐息を吐いたのだった。
「―――もしかして。それってやっぱり憂鬱のタネですか? もしかしたら、殲滅した相手が今までそんな犯行を重ねていた、と? インテグラ様はそう思われます?」女局長の喉元に苦いものをつかえさせたような顔を見て、セラスが口を開く。
「いや、そうではない―― と思う、セラス」しかしその口振りはいつもの歯切れ良さがなく、何か重いものを含んでいた。
「ええっと、だったら殲滅した相手以外にも、そんな卑劣な犯行を好んでするような夜族の仲間が居た―― とか?」
「いいや、それも無いだろうな」
何やらいつもの覇気がない女主を見て、ちょっと怪訝な面持ちの執事と、わずかに片眉を上げて隣の女主を覗き込む吸血鬼。吸血鬼は、そんな彼女を横目で見ながら左手で優雅に新聞を摘み上げると、その記事を読み出した。その男の隣で、インテグラは疲労を隠した影のある表情を浮かべると、重々しく口を開いた。
「恐らくだが、かなりの高確率で、その記事にある陰湿な事件を起こしたやもしれぬ不審者は、もう世を騒がせることはないと、私は思う。まぁ、あくまでも推測だがな」
そんな彼女の顔を見て、その場に居た2匹とひとりは、一斉に「何故?」という問いを顔に浮かべて、女局長を見た。その視線にインテグラはまたもや「ふうっ......」と溜息をつくと、重そうに口を開いた。
「何故ならば昨晩、その犯人と思われる不審者に私が遭遇し、もう事件を起こさぬよう処置をなしたから―― だ」
その言葉を聴いて、ひとりセラスが「えっ?!」と声を上げる。それを聴いて、インテグラは眉間にシワを寄せると腕を組み、少し冷めかけた茶を一口飲んで喉を潤してから口を開いた。
「ほら、昨夜は結構派手に物損があっただろう?」そこで女局長はチラリと隣に座る従僕を見たが、従僕は読みかけの新聞で、その冷たく突き刺さるような青の視線をブロックした。
「また始末書を書いて、円卓や警察の上層部にも筋を通さなきゃイカンのか!と思ったら、腹が立ったわけだ、私も。で、あの事件を終えた後、少しは頭を冷やすために歩いた方がいいかと思って。隣町の辻に車を待たせ、私はちょっと散歩をすることにした」

―― ヘルシングの局長ともあろうものが、不用心ですッ!!
2匹とひとりの視線はそう語っていたが、インテグラはそれを無視してまた茶を一口啜る。
「そこでだ。橋の上を渡っていた時だ。その新聞に書かれている男と、かなり似た風体を持つ人物と、出遭った」
「出遭ったって・・・・・・ インテグラ様は、その界隈を騒がせていたこの事件をご存知だったんですか?それとも事件の現場に偶然出くわしたとか?」
「いや、知らなかった。と言うか・・・・・・出くわしたと、云うより―――― 正直に言えば、私が自身が遭遇したんだ。いきなり後ろから、抱きつかれた」
いや~ 殺気はなかったし、武器を持ってる気配も無かったから。熱心な視線は感じたが、それって、悪意とは程遠かったし。危険は感じなかったんだよなぁ~などと、普段魔がしいものの執拗な視線に晒されて、人間の視線には鈍感になっている女局長がそう呟くのを見ながら、2匹とひとりは「抱きつかれたぁ~~ッ?!」と声を出して仰け反った。
よくも、私が仕える主にそんな不埒な真似をしたものだ―― と、2匹とひとりは瞬時思ったが、考えれば、その抱きついた奴の安否の方が気にかかるような気もする? と、そこに集っていた面々は口をヘの字にして、お互いの顔を見た。

「遭遇した場所や状況、人相、風体などを推測するに、たぶんそいつだ、間違いない。で、その後、そんな悪さが出来ないよう、指導してやったから、たぶんアレはもうそんな愚かな事はしないだろう。泣きながら反省していたからな」
一体、この勇猛な女局長は、その不審者にどんな「指導」をしたというのだろう。それはもう男として再起できない、そんなものだろうな・・・・・・と、普段、女主から「教育的指導」を毎日のように受けている化け物は、優雅に小首を傾げて考える。そう、あれは己だからこそ―― べらぼうな不死性を誇る吸血鬼だからこそ耐えられる指導なのだ。並みの人間だったら、即、廃人だろうな―― と、血を吸いながら下僕は考える。

――まあ、私(ひと)のものに手を出すから、そんな痛い目に遭うのだ。確かにこの女は、ある特定の嗜好を有する人間や魔族を惹きつける力がある。がしかし、その人間は相手を見極める目がなかったな。
そんな事を考えながら、またチューチューと血を吸って、吸血鬼の男が新聞の続きを何気なく見ると。そこには・・・・・・その記事を全て読み終えたアーカードは、何かがつっかえてしまって苦しいような顔をし続けているセラスの、その表情の理由をやっと理解したのだった。

「・・・・・・おい、お嬢さん。―― 記事には、『連続して狙われているのは、少年・青年』と書いてあるが?」自分の女下僕が怖くて突っ込めないことを、アーカードは冷静にそう言った。
「まぁ、たぶんアレだ。そいつは昨夜、私を見て、女性への魅力に開眼したのだろうな」
「―― あくまでも強気だな、我が主。私にはそれ以外の可能性があるような気がするが」
それを聴いたインテグラは、紫煙をぷわ~~と吐き出すと、チッと舌打ちした。
「可能性としては、まぁ、間違えたという事もなくはないだろう。極めて低い確率だろうがな。月が出ていたとは言え雲も多かったし、街灯が少ない橋の上だ。それに体型がわかりにくいコートを羽織っていたしな。私を男に間違える事だって、あるにはあるだろう」それは自分自身に何かを言い聞かせるような、そんな努めて冷静さを保った、そんな言い方だった。

「・・・・・・どんな確率の算出方法だ、それは。そんな事はありえんな、我が主人。昨日の夜は、かなり明るかったぞ。お前はこの記事にある『容姿端麗な、少年や青年』とやらに、 間違われただけだろう? 同性愛の嗜好を持った不審な男の好みにまさしく合致した容姿に加え、男にも勝るお前の男前っぷりは、――――ッ!!」
下僕がつまらんことをベラベラとしゃべりだそうとした途端、眦を吊り上げていきなり立ち上がった女主人は、手に取ったカップを惜しげもなく下僕の顔に叩き付けると、すかさず懐から小型の銃を取り出し、弾のありったけをその口に撃ち込んで、その減らず口を塞ぎにかかる。

女吸血鬼は「ひぃ~~~~~っ!!」と悲鳴を上げて部屋の隅まで飛び退ったが、忠実な執事は顔色も変えず、ただ吸血鬼の返り血を浴びないよう、そこから軽やかなステップで数歩下がった。
激怒に駆られ、大切なアンティークのセーブルのカップを割ってしまった事にハッと気が付いたインテグラは、ちょっと申し訳なさそうな顔をして懐に銃をしまった。
そして、冷静沈着にカップの破片を拾って後片付けを始めた執事に、「汚してすまない、ウォルター」と言いつつ、左手の人差し指に残っていたハンドルの柄だけを、そっと彼に渡したのだった。

「――― ちょっと私は温室に散歩に行って、気分転換をしてくる。緊急の用事があれば、あちらに連絡してくれ」
すぐにいつもの顔を取り戻した女局長は、ようやく姿を復元し始めた下僕には目もくれずに、その男が再び余計な憎まれ口を開く前に大股で執務室を後にした。だが、その冷静さを装った顔とは裏腹に、執務室の扉は部屋を揺るがすような勢いで、バタンと大きい音をたてて閉められたのだったが。

「あのお転婆娘にも困ったものだ。毎晩こうでは、あの女に付き合えるのは私くらいのものだ」顔をようやく復元した吸血鬼は、飛び散った血もシュルシュルと体内に回収するとそう呟いて、流れ弾を喰らって穴が空いた新聞と血液パックの残骸を、ぷらぷらと目の前にぶら下げた。
「アーカードさま、お年頃の敏感な感性をお持ちのお嬢さまを、あまりからかわれるものではございません」執事は慇懃で丁寧な口振りで、そう言いながら後始末をしたカップの破片を持って、部屋から出て行こうとする。

―― からかうって命がけなんですかーーっ!?その上、毎晩って何なんですか、マスター!!
突っ込みたい事は色々あるセラスだったが、彼女は懸命にもその口を閉ざして、部屋の隅でカーテンをきつく握り締めていた。

「あれほど弄り甲斐がある女主人を弄らずして、私に何を愉しめと言うのだ」そう呟いてニヤリと笑った吸血鬼が、穴をあけられて喰いっぱぐれた最後の血液パックの替わりを貰いに行くために、夕暮れの気配がつくり始めた長くて濃い影にぞるぞると姿を沈めて執務室を後にする。
その姿を見送ったセラスは、そこでやっとハァ~~っと長い溜息を吐き出した。
「ここには、やっぱりマトモな人っていないんだわ......」そう呟いたドラキュリーナは、肩を落として不審者が集っていた執務室を後にし、演習場へと向かうのだった。




2009.10.19のブログに加筆・修正、2009.10.23

たぶんそんな事が日常の、ヘルシング邸の午後。
頑張れセラス!!だから君には、隊長という相棒があらわれるんだよ!!

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