いったいこの主の恰好は何なのだ?!
音も無く壁をすり抜けてきた男は、その光景に目を剥いた。この男が驚きで目を見開くなど、滅多にないとても珍しいことである。
主は今までに見たことがない、トレーニング用のフィットしていて裾が幾分広がっているオランヂ色をしたストレッチタイプのパンツをはいていた。細すぎず太すぎない腰周り、ハリのあるお尻のラインがくっきりと浮かび上がっており、それは福眼といっていい眺め。
そして上半身はといえば、胸の膨らみを覆う程度のとても短い、こちらも身体にフィットした薄手の黒のノースリーブ。引き締まった腹筋と、背骨に沿って綺麗にくぼんだ背骨のラインが覗くとても魅力的な衣装だった。
しかし、上半身はあまりにも露出が多く、その魅惑的なボーンチャイナの質感を持った蜂蜜色の肌が赤い目を惹きつける。その上、髪もざっくりとゆるく結んで括っているので、その気高い首筋が晒され、その首筋は吸血鬼の激しい欲を刺激して魅了していた。
部屋に流れているのは、やけに明るいテンポの速い音楽。何かのダンスの音楽なのかもしれないが、ワルツのステップは踏めても、サルサやタンゴなどのラテンステップなど皆無な男は、それが理解できなかった。
―― 我が主は何時からこんな音楽を好むようになったのだ?
いわゆるクラッシックの3Bを普段よく聴く女ではあるが、このようなテンポの速い音楽を聴くことは今までなかったと、化け物の男は首を捻る。だが当の女は、従僕のノックもしない無礼な侵入に珍しく気付くことなく、何かに集中しているようだった。
それはテレビの画面のようで、よく見るとそこに映るインテグラと同じ恰好をした女たちの動きに、彼女は集中している様子だった。
テレビの脇には大きな鏡も用意されており、どうやらその女たちの動きを真似しながら、自分の身体の動きを鏡で確認しているらしい。そして、女主の切れの良い腰の動き。
―― これは、あれか?『その類』のためのレッスンなのだろうか?!
男は暫く黙したまま主を眺めていたが、魅惑的な蜂蜜色の肌を汗で黄金色に光らせている主をただ見ているだけでは、飽き足らなくなる。そして音楽と身体の動きのチェックに熱中している彼女の背後に―― そう、鏡に映らないのをいいことに、肉食獣の獣のように忍び寄る。鍔広の緋色の帽子とサングラスに覆われ表情は隠されていたが、目は細められ情欲にまみれた笑いが浮かんでいた。
肌から立ち上る芳香と、化け物の聴力に響く血潮と鼓動。そして晒された気高い首筋。そこに加え、さらに悩ましい腰の動き。それは自分の主に執拗な欲望を抱く吸血鬼の欲望を、この上なく刺激して止まないものだった。
女のウエストと肩に背後から手を回そうとしたその時だった。男は廊下を歩いてくるものの気配に眉を潜め、不快そうな表情を作ると鋭い眼つきのままドアを睨む。
すると、ノックの音とともに扉が開き、自分の配下のドラキュリーナがあらわれた。
「インテグラ様、お待たせしました! あっ、やっぱりマスターですね。そんな気配がしましたもの。マスターも一緒にやります?」
その声に気付いたインテグラがドアに向き直った時、彼女はようやく背後に立つ、自分の従僕に気が付くのだった。
「お前、いつからそこに居た?さっさと失せろ、無礼者」
熟れた小麦色の髪を持つ可愛い娘を見る顔つきと、室内でもコートを着たままの巨躯の男を見る顔つきが、あからさまに違う主を見てアーカードはさらに不機嫌な顔をする。
「いつからと問われれば、もう10分にもなるだろう。しかし、何故お前は私をいつもそんな顔で見るのだ?」
下僕が言う主の『そんな顔』。それは眉間に深くシワを刻み、口を引き結んだ不快そのものの、大嫌いな害虫でも見つめるような冷たい顔つきだった。
「何故と訊くか?お前......自分の行動に思い当たる節はないのか、アーカード?」
女主としてみれば、ノックも無しに壁や床や窓や、時には天上からすり抜けたり、影からわき立つように自分の部屋にやってきては、不躾な言動をかまし、我侭 し放題に振舞った上、倣岸で不遜な性格そのままに、時には主にセクシャルハラスメントをするこの化け物は、不愉快以外の何ものでもない。
しかし当の本人にそんな自覚は、全くなかった。
アーカードは首を傾げて考えていたようだったが、「何もないな、お嬢さん」というと、口の両端を上げてニタリと悪魔のように笑って見せた。
―― こんな馬鹿にかまうのは時間の無駄だ。無視するに限る!
そう判断したインテグラは、ため息を吐き出すにとどめ、従僕を無視することに決めた。
その様子を気まずそうに眺めていたドラキュリーナだったが、彼女に視線を移したインテグラは表情を緩めると、その可愛い娘に声をかける。
「お前がなかなか来ないからひとりで始めてたんだ。セラス、お前も準備をして、一緒に始めるぞ。まずは、コツを教えてくれ」
するとドラキュリーナも着ていたスエットのジャケットを脱ぎ、準備を始める。
それもインテグラと同じ服装で、違うのは上下の服の色だけ。しかし、服の色以上に違うのはこのふたりのスタイルだった。
ひとりは、ボリュームのあるバストを持った上半身に、引き締まったウエストと、引き締まっているのに豊かに張り出したヒップを持った蒼白といった肌色の女吸血鬼。 もうひとりは、その女より頭ひとつ近く背が高く、均整は取れているが、全体に見れば戦闘に特化した体の鍛え方をしたスレンダーな褐色の肌の女。
これほど対照的な女たちもいないと思うが、ただひとつ共通しているのは、不屈の根性の持ち主だということだ。いや・・・・・・不屈の根性というのは、この島国の女総てに共通するのかもしれない。何しろこの国は「偉大」と形容される女王を度々頂いてきた国なのだから。
そんなことをアーカードが考えている内に、女たちはDVDを最初から流して、何やらダンスのようなトレーニングを始める。
「いったいこれは、何の鍛錬なのだ?」
男のその問いを無視した女主に代わり、答えたのはセラスだった。
「今流行りのラテンダンスを取り入れた、フィットネスですよ。女性の間で流行ってるんですよ、マスター」下半身の動きに合わせて腰を捻り始めた女は、明るい声でそう答えた。
「ラテンダンス?フィットネス??それが一体何の役に立つのだ。」
好奇心旺盛な従僕の質問をまたも無視した女主に代わり、新米ドラキュリーナが答える。
「このダンスはウエストのくびれを作るのにとっても効果的なんだそうです。腹筋を引き締めて、ウエストをギュッと引き絞って女性を理想的な体型にするんです。腰も引き締まるし、体脂肪も減るって話です」
そう言いつつも動きは増し、女たちは膝を使って大きく腰を振り、ウエストを激しく動かした。
人間なら筋力を使ったトレーニングは必要だし、スタイル維持や体脂肪も関係あるのだろうが、果たしてこの死人の身体となった自分の女下僕に、こういったものが必要なのか? アーカードはそう悩んだようだったが、そんな男の思惑は一切無視して、セラスは明るい声を出す。
「こう見えて結構いい運動になるんです。マスターもやってみます?」
脇で腰を左右に振る動きをしていたインテグラは、『馬鹿か、セラス!この男がそんな真似する訳ないだろう。というか、この男にそれは必要ないだろうが?!』と内心、脱力したが、その当の男からは意外な返事が返ってきた。
「確かに、よさそうだな」
何気なく誘ったセラスも、まさかアーカードからそんな返事がかえってくるとは思っていなかったのだろう。そして、さらにその言葉に驚いたのは、インテグラだった。
ふたりとも今度は腰を前後に振ってウエストを捻りながら、視線をアーカードへと向ける。その目つきはあからさまに胡散臭そうだった。
「これだけ腰を振る動きを修練すれば、確かに上手くなるだろう。腰の振りは女にも男にも重要なものだからな」
真顔でそう呟いた男に、セラス「はぁ?!」と声を上げ、インテグラは『何が上手くなるだって?』と云った不可解な表情を浮べる。
「マスター、上手くなるって何がですか?ウエストぷよぷよを引き締めるのは、上手くなるって言うのとは、ちょっと違う気がしますけど」
そう言うセラスに、そのマスターはサングラス越しにも分るあからさまな侮蔑の目線を送った。
「腹の肉の弛みなど問題外だろう、愚か者め。これだから半端ものの吸血鬼など話にならんのだ。腰を振る動きの鍛錬といえば、セックスの上達に繋がるだろうが。これだから半人前は使えん」
自分のマスターから今までセクハラ攻撃を受けたことがなかったセラスは、「マ、スター、せ・・・・・・セ、セックスが上手くなるってっ!そ、そんな鍛錬って、一体ッ!」そう呟やくと思わず脱力して片膝をついた。
「腰を柔軟に振るというのは、快楽のエッセンスに重要だぞ。そんなに縦横に悩ましく振れるのだったら、今度は男の上に乗って振ってみたらどうだ?セックスが上手くなるための鍛錬だったら、実際に試してみるのが一番だぞ」
女王蜂に匹敵する豊かなプロポシーョンの娘はガックリと両膝をつき項垂れる。その顔は恥ずかしさからか紅潮していた。
片や女主は体の動きを止め、眦を吊り上げて男を睨みつけた。
こちらの処女(おとめ)は、頻繁にこの男から嫌がらせを受けていれば多少なりとも耐性が出来るという見本。この男の口車に乗れば、ズルズルと感情を引き出され、結局馬鹿を見るのは自分なのだが、女とうとう我慢ならずに口を開いた。
「この馬鹿ものめ!自分の配下の女下僕に、それも当然処女(おとめ)の娘に、何と言う暴言を吐くのだ、この痴れものが。この娘が気に入っているのなら、私が聞いていない地下でこっそり誘え、愚か者!セラスだって人前で露骨に誘われたら、反応に困るだろうが」
「いえ、インテグラ様。あのぉ、そう言う問題ではなくってですねぇ......」
項垂れたまま婦警が小声で訂正を入れようとしたが、そこにすかさず娘のマスターが言葉を挟む。
「何を焼いている、我が主。私が誘ったのは、お前に決まっているだろう?それにこの半人前が鍛錬する相手は傭兵隊の中にいる。すでにこの女は、処女ではないのだからな」
その吸血鬼の問題発言に、セラスとインテグラが目を見開いた。
「えぇーーーっ?そうなのか?」と言う声と、「ひぃーーー!バラすなんて、酷いですよ!」と言うふたりの女の声が重なった。
「何だ、やはりそうか。ちょっとカマをかけただけで引っかかりおって。だからお前は半人前なんだ」
そのマスターの言葉で、自分がただ単に引っ掛けられたと知ったセラスは、顔を赤くしたり青くしたりして恨みがましい眼つきで自分のマスターを下から仰ぎ見るが、当のマスターは口元に意地悪そうな笑いを浮べるだけだった。
しかし背後から自分を見つめる冷たい女主の視線に、セラスをふるりと身震いをする。
それは当然だろう。それは社内恋愛的なもので、部隊内のそういったものは基本、規律を乱すとして表向きはご法度なのだ。
「あの......これはですねぇ、その、色々と~ インテグラ様、すみません。決して部隊の規律を乱す意図はないんです、インテグラ様」
女上司に向き直り、ちょこんと正座して必死なすがる目つきで見上げてくるセラスに、インテグラは腕組みをすると、「はぁ......」と嘆息した。
厳しい対処が必要なのは判っていたが、それでも―― 魔物であるこの女と人の男の間に流れる情が、『愛情』と呼べるにふさわしいものなら、それはむしろ喜ばしいような奇跡でもある。
インテグラは冷たい顔つきを装ったが、しかしそれは珍しい明らかな困惑を表していた。
「そう言うことだそうだ、我が主。だからお前の快楽を得るための鍛錬の相手は、何の気兼ねもなく私に頼めばよかろう、インテグラ。いや、これこそ老練で忠実な従僕を使うべきだ、我が主。初めてでも大丈夫だ、私は上手いぞ」
恐縮している娘のマスターは両の口をニィっと引き上げると乱杭歯を覗かせて尊大に笑った。
それは別段、厭らしい笑いではないのだが、サングラスを通して赤く瞬くその瞳には、卑猥なものが含まれているように感じられる。この男はあくまでも、ラテンダンスを使った『フィットネス』を、『セックスが上手くなるための練習』だと思っているようだった。
「あのなぁ~ お前ら主従ときたら、何故ふたりともこんなに私を困らせるのだ。何故、ふたりしてそんなに馬鹿なのだ?」
そう言ったインテグラに、『では、その馬鹿な吸血鬼主従を従える主の自分はどうなのだ?』と突っ込みたい吸血鬼主従だったが、そこは懸命にもふたりとも口をつぐんでいた。
すでに三人三様に論点がズレまくっていたのだが、やけに明るくて軽いラテンリズムの音楽が流れる室内で、そのことに突っ込むものは誰もいない。だがこの状況にちゃんと示しをつけねばならぬと考えた女主は、テーブルの上に置いていた銃を手にとり、それを手に持ったまま自分の従僕へと振り向いた。
そのインテグラの顔は、ヴァルハラの長女ブルンヒュルデの如き冷酷な戦乙女の顔つき。
こんなヘルシングの女には、明るいラテン音楽よりヴァーグナーの「ワルキューレの騎行」が合うだろうなと吸血鬼の主従が考える中、インテグラは黙示録を読み上げるような低い声で、怖いくらい静かに従僕に話し掛けた。
「アーカード、いいか、これはあくまでも、身体を引き締めるための『フィットネス』だ。誰がセックスが上手くなるための鍛錬をしていると? 世の中、すべてお前のよう な卑猥で淫乱な発想なものばかりだと思ってはいかんのだぞ。それにお前にはセラスの監督責任がある。部隊内の規律を乱すような行為は、事前にお前が制止すべきであろう。面倒を見られんのなら、勝手に繁殖して同族を増やしてはイカンのだ」
あくまでも冷静さを取り繕ったブルンヒュルデは、その三十二口径のリボルバーを全弾、自分の従僕の顔めがけて撃ちつける。弾数は少ないが全弾儀礼済み。それを近距離で顔に打ち込まれた吸血鬼の男は、帽子を跳ね飛ばし、サングラスを吹き飛ばされて顔が血まみれになって崩れ、ボロボロの顔面となったがーー それでも吹き飛ばされた唇から牙を除かせて笑って見せるのは、さすが不死の王だった。
血にまみれグズグズと崩れた顔面で、骨や歯を覗かせて壮絶に笑う自分のマスターを見た新米吸血鬼は、「ひぃッ!!」と悲鳴を上げると、とばっちりを受けては大変と部屋の隅へと大急ぎで避難する。
どうせ暫くすれば復活するだろう男の崩壊した顔面を冷酷な眼つきで眺めていた女は、今度は新米ドラキュリーナへと向き直る。手に持っている銃の弾丸は空っぽだとは解っていても、近づいてくるインテグラを見ながら、セラスは部屋の隅で肩を震わせていた。
その新米婦警の前に足を止めた局長は銃を置くと、すぅっとしゃがんで、蒼白になっているセラスの両肩に手をおいた。
「なぁ、セラス」
「はぁいッ!」その低い呼びかけに、セラスは背筋をピッと伸ばし、床に正座する。
「お前の監督責任は、アーカードにある。まずはその責任の所在を明らかにし、アーカードには今、罰を与えた。あとは、お前自身に関してだがーー お前は吸血鬼なのに、いまだ優しくて温かい人の心を持ったままだ、だから色々と苦しい思いもあっただろう。私では色々と察することも出来ずに、余計な苦労と心配をさせたことは、申し訳なく思う。相談したくても直属の上司があの男では、かえって負担だっただろう、セラス? しかしなぁ、これはちゃんと話し合いをしなくてはならん。規律を乱す意図はなくても、そう言うことが部隊のたるみに繋がり、実戦では命取りになることもあるからな。これはあとで、ちゃんと話を聞かせてもらおう。・・・・・・ところで、相手は隊長か? ん?」
思いがけず優しげな青の瞳に見据えられて、セラスは頬を染めてこくりと頷いた。
「わかった。では、あちらからも事情を聴くとしよう。まず、今のところは自分の領分へと戻れ。そして私からの呼び出しがあるまでは、通常通りの勤務でいいから」
そう言うとインテグラは立ち上がり、セラスへと背を向けた。
しかし、何か気になったようで、すぐにまた振り返り、今度は青の瞳を細めて、幾分言い難そうな―― 彼女にしては珍しく、はにかむ口ぶりでセラスへと話し掛けた。「なぁセラス、訊いてもいいか?」
「な、何をですか?」
小首を傾けた珍しい局長の、可愛らしさを伴った姿にセラスは息を呑む。
「あのなぁ、アレって、そのぉ―― 初めした時って、やっぱりとても痛い?」
『一体、私に何を訊くんですか、インテグラ様ッ?!』
内心絶叫したセラスだったが、青い瞳の目のふちをほんのりと赤らめて自分を覗き込むインテグラの様子が思った以上に可愛らしく、セラスは自分がちょっとばかりお姉さんになったような心持ちで、インテグラをそばに手招きすると、彼女の耳許で囁くように返事をした。
「えぇっと、ですね。やっぱり痛いです。でも、俗に言われるような熱した鉄の棒で突かれて、焼かれるように痛いとか、体が裂けるようだとか、そんな酷くはないんですけど・・・・・・一部が欠損する訳なので、やっぱり痛いです」
「そうか。やっぱり痛いのか~」
そう悲しげな顔をしたインテグラを見て、セラスは眉を寄せた。そう言えばアングロサクソンやラテン系よりも、アジアンな血筋の女性は痛みが強いと俗に訊く。そう言われれば、この女上官の肌は、多分、そんな血筋が少しばかり入っているのかもしれない。そう考えたセラスは、思わず同情の声を上げた。
「だ、大丈夫ですよ、インテグラ様。痛いのは初めての一回だけです。だって、ほら、痛さは男性のリードとかテクニックにもよる訳ですし。そもそも機能的に子を生む身体が女性ですから、我慢できる痛みだと思います。そんなに心配なさらなくっても、大丈夫ですよ。あんまり杞憂なさらないでくださいね」
戦場で怪我をすることなど厭わない気丈な女性なのに、未知の分野にはやはり躊躇するんだろうなと思うと、何やら目の前で気落ちしているこの女局長が、婦警にはとても可愛く思えた。
その心根がやさしいドラキュリーナの言葉に女同士の思いが通じたのか、インテグラがセラスに微笑を返して頷いてみせたその時だった。背後から全くデリカシーのない、セラスの主の声がした。
「だからそう云うものは、下僕を使うべきなのだ、我が主。これだけ長く存在した私は、リードも抜群だしテクニックにも自信がある。何、痛いのは一瞬だから心配はいらない。案ずるより産むがやすしだ、我が主」
―― ちょっと、マスター!!何でそうセクハラばっかりするんですかッ!
女下僕の心の声が聴こえていた不死の王だったが、男はそれを完全無視して振り返った怒りの表情のインテグラを嘲笑う。
アーカードのその言葉に眦を吊り上げ、こめかみをヒクヒクさせたインテグラを見た従僕は、銃弾から完全復活した白皙で、それは嬉しそうな笑いを浮べたのだった。
それは、この女主をからかって遊ぶのを愉しんでいるのか。それとも、この吸血鬼を魅了して止まない高潔な女の体と魂を、やはり欲しているのか。新米の夜族のセラスに、それは測りかねるものだったし、正直それを理解したくもなかった。
「誰がお前に私の処女をくれてやるか、この馬鹿者!!お前より、まだオス豚の方がましだ、この吸血鬼!!」
「お前は、オス豚がいいのか?獣姦でもいいとは何と剛毅なお嬢さんだ、さすが我が主。処女なのにその心意気だったら、何も怖れるに足りんな」
「誰がそんな下品なことを言った、この外道ッ!」
目を細めて妖艶な笑いを浮べながら自分を見つめるアーカードに、女主は今度、DVDを入れていた棚の引出しからフルオートタイプの銃を取り出すと、それを構えた。
こんな所に居たんじゃ、吸血鬼とは言え不死の命もすぐに尽きてしまう!とばかり、新米の女吸血鬼は銃弾が飛ぶ部屋を這い進み部屋から抜け出した。
背後のラテンリズムが流れるフィットネスルームから響く、銃声と怒声を聞きながら、やはりあのマスターを従僕にしているインテグラ様ってやはり偉大だわ~と、セラスは色んな意味を含めて、あらためて実感するのだ。
このマスターにして、あのマスターのマスターあり。
そんな事を考えた吸血鬼の娘は、事の次第が局長にバレてしまったことをバカップルの片割れに報告しに向かうのであった。
2008.6.2のブログより