※ もふもふしたい吸血鬼


自分の手は、やはり死人しか持ち得ない冷たいものなのだと、いつも女主に触れるたびに思うのだ。

滑らかなボーンチャイナのような手触りの肌はあまりにも温かく、触れた瞬間にはいつも手を焼かれるような、死人を焼く劫火のような灼熱の勢いすら感じる。死人の身体と心を焼くような、痛いほどの手ごたえを感じる接触は、女の持つ生命の偉大さ故なのだろうか。

死人を焼くようなその強烈なぬくもりに、正直、躊躇する己が居るのも確かだが、それでも触れずに居られないのは、化け物に成り果てた己が遠い昔に失ったものへの郷愁ゆえなのだろうか。

そう、それはもはや覚えていられない程の距離を有するものであり、知りたくもない質量と容積をも抱えるものなのに。



驚かす意図で触れるつもりはないのだが、自分の長い腕(かいな)の中に閉じ込めるように、プラチナブロンドの長い髪を揺らすその後ろ姿を戒めると、いつも女主はひゅうっと息を飲む音を立てる。

こう言った行為もそろそろ慣れても良さそうなもので、自分を不意に抱きしめるのは、己のたった一人の情人である男しかいないのを解っていれば、ちょっと驚きはしてもその後に、口元に少しだけでも微笑を刻み、その身体を私に預けてもよさそうなものだと思うのだ。

だが、この女に限っては、嘆かわしい事に、そんな兆しは全くない。

初心で繊細なのに強情な女と云うのは、抱くたびに面白いし飽くことはないのだが、たまには情人の男に睦言のひとつや愛想の微笑があってもバチは当たらないと思うのだ。しかし、この女はそんなもの一つでさえ、情人に施したことはなく、己の忠実な下僕に施すのは決まって法儀礼済みの銃弾だけ。

そんな野暮そのものの、情を交わす行為には未だ硬く身体を強張らせる女に、「はぁ~」とわざと嘆息し、皮肉たっぷりに笑ってやると、この女の活きのよさはまた格別なものになる。まぁ、それも好みではあるのは確かなのだが。

悪口雑言を吐き嫌がる以外の素振りを知らぬ女にグローブを脱いだ手を這わせると、この女は後ろから無言で抱きすくめた時よりもさらに大きく息を飲み、その芳しい熱い吐息を暫し驚いたように止める。

その行為は、私の耳を犯す女の心音を跳ね上げさせて、大河を流れる濁流のような血潮をさらに轟々と響かせる、化け物を挑発して誘惑する行為でしかありえないのに、それをこの女は知らぬのだ。

血を吸う鬼を挑発する魅惑的な鼓動と、芳しい血潮を鳴り響かせる腕に抱く女に、私はいつも目を細め、牙を剥いて、笑うしかできない。

優雅で気高い白鳥のような首筋に鋭い牙を食い込ませ、溢れ出る血潮を啜り余すことなく女を食みたいと云う化け物の本能に帰依する衝動を、この女はどれだけわかっているのか!?と思いつつ、その首筋に喰らいつくような接吻を落とすと、女は身をふるりと震わせて肌を粟立てる。

それは生存本能が掻き立てる、嫌悪感と恐怖なのか。

それとも私の手と唇が、冷た過ぎるせいなのか。

それについて判別をつけることは出来ないのだが、それ以上に私は、肌を粟立てさせるその所以を知りたいとは思わない。

己が遠い昔に失ったものへの郷愁を知りたくないのと同じように。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆


雨後の大河の濁流のような血潮の流れが少しだけ収まり、敵の急襲を告げる早鐘の如き心音も大分落ち着いてきたのだが、それでも吸血鬼はまだ執拗に、手の平で女の汗ばむ身体を愛撫していた。

肌の手触りが。温かさが。滑らかさが。それらがとても心地好いと謂わんばかりに、女の汗が浮いてしっとりとした黄金色に染まった肌を、吸血鬼は手の平で味わっていた。

その手が、女の熟れる果実の赤色をした肉の襞にたどり着くと、冷たい指は柔らかい湿ったその襞で戯れるように、指先を繊細に蠢かせた。

まだ熱を持った敏感な部分を指先で弄られて、女がくすぐったいとも、いたたまれないともいった顔をつくって唇を噛みながら身を捩ったが、男の指先は執拗にその濡れた襞と戯れていた。

「お前の磁器の如き滑らかな肌の手触りが、私は好きだ、我が主人。だがな・・・・・・」

何やら男が、いつもの冷たい皮肉気な声音と違う声で耳元で呟いたのに、女は怪訝な顔をして自分を腕の中に戒めている化け物の男の顔を見上げた。

―― だがな......だって?一体何だと言うのだろう、この吸血鬼は?

いつも強引に自分を抱くこの男は、実は私の肉体に何か不満があったのだろうか?と、女は知らず知らずに、眉根を寄せる。

長く長く存在した年月の間に、何人も、何十人も、いやきっと何千人とも謂える『美しい女』と褒め讃えられる数多(あまた)の人間の女たちを抱いたのであろう男は、きっと今まで味わった『巧くて、美味い』女たちと、小娘のような自分を比較して、何か不満を燻ぶらせていたのだろうか?

それともオリエントに接した領土の領主だった男は、身体の手入れを怠らず、男に奉仕するあらゆる術(すべ)を習得していたと謂う、男を蕩かすそんな技量を持った彼の国に住む女と、自分を比べているのだろうか?

そんなことを考えたインテグラは思いがけず、心細くなるような、苦い(にがい)痛みを伴う胸が締め付けられるような感情に苛まれた。

特段、殲滅すべき対象である化け物の男に思慕の情を意識したことはなかったのだが、他の女と比較されるというのは、思いがけずに心が痛む―― と、女は自分の心の深いところにあったその感情に、慄くように無意識にシーツを握り締めた。

何故か身を硬くして自分を見つめる女の、美しいブルーダイヤの瞳を見ながら、男はさらに酷薄そうな唇を開く。

「だがな、我が主。その類稀な艶やかさだけでは、愛撫の指先は些か哀しいものだ」

男が紅玉の瞳を細め、皮肉でも揶揄でもない口調でそう言うのを聴いて、女は眉間に薄くシワを刻んだ。

それは豊満や豊潤と表現される大きな乳房や、細過ぎるようなウエストのくびれを持つヴィーナス的な女の美が、私とはあまりにも縁遠いことを指摘しているのかもしれない・・・・・・と、女はブルーダイヤの瞳を冷たくて深い蒼に変える。

―― この男に、思慕の情を寄せていたと感じたことは、今まで一度もなかったのにッ!でもきっと、自分の奥深くには、この男を欲して己の側に置きたい情と欲があったのだ!!

そんな深淵に隠してきた自分の情に気付いた女は、蒼の瞳に哀しみを含ませて、自分が飼う美しい吸血鬼の男を見上げた。

男の手の平で柔軟に形を変える豊満な乳房。豊かな乳房とは対照的な細いくびれたウエスト。そして男の全てを受け入れる、豊穣そのものの快楽を約束する、なまめかしい腰つき。きっと、自分はそんなものを持つ極上の女たちと、比較されているのだろう。

心が軋むように痛む悲しい感情を胸に抱いたインテグラは、凪いだ海の目つきで、自分の従僕の秀麗な顔を見た。

シーツに月の雫のような髪を散らして、静かな蒼の目で自分を見上げてくる、焦がれるような妄執を抱かずにはいられない女主を見下ろした男は、化け物にしか作りえない妖艶な美しい顔をつくると、指先で戯れていた女の濡れた襞を繊細にかき乱し、彼女に艶やかな鳴き声を上げさせる。

「お前のこんな風に柔らかくた滑らかな、濡れた襞の感触も私は好きだ、インテグラ。」

男はそこで言葉を切り妖艶な笑みを深めると、静か過ぎる蒼の瞳で自分に視線を絡みつかせる女を見つめた。

「しかし、何もトルコの女のように全身の毛を抜くような手入れをする必要ないだろう、我が主? お前には毛の小山があって然るべきだ。トルコ女のあれはあまりにももの足りん。所々に毛の小山があると言うのは、それは誘惑であり魅惑でもあるものだ。その茂みに指先を埋めて戯れ、鼻先と舌先を忍ばせて淫れる(たわむれる)と言うのも・・・ーーーーッ!!」

いきなり起き上がりざま、男の尖った顎先に頭突きを喰らわせた女は、戦慄くほど握り締めた拳で、さらに男の顔面を思いっきり強打した。

「なっ、何が毛の小山だ、大馬鹿野郎ッ!!!」

肩を怒らせた女は、ベッドの上で鼻血を出した巨躯を持つ大男を思いっきり蹴飛ばして床に叩き落すと、自分もベッドから飛び降りて仁王立ちになり、眦を吊り上げて男を射るように睨みつけた。

「とっととこの部屋から出て行け、馬鹿ッ!!この下衆な色ボケ野郎ーーッ!!もう二度と、私に触れるんじゃないッ!!」

顔を紅潮させて、喧嘩を吹っかけるように怒気を吐き出した女は、色気の欠片もなく頭から湯気を立ててズンズンとバスルームへと歩いて行く。

そんな勇まし過ぎる、剛毅な自分の情人の後姿を見て、「・・・・・・相変わらず難解すぎて理解できん女だ、私の主人は。」と、床に胡坐をかいたアーカードは、ポソリと呟くのだった。



2009.8.10のブログを若干修正、2009.8.21

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「私は毛も好きだ!!主の毛なら尚更だ!!」とアーカードが絶叫していた夢を見ました(どんな夢?!)


寝る前に「光エステ欲しいな~パナソニックのあれ。アレ使えば脱毛肌がツルツルになるんじゃまいか~?」と考えた影響が、如実に夢に具体化された?と言うか。

しかし、きっと旦那は古いフランス女みたいなのが、好みでは?犬だから♪もふもふした毛の小山に、毛に鼻先を突っ込んでクンクンみたいな。それがお嬢さまだったら昇天するくらい興奮しちゃうんだろうな~と。そんな妄想を書き綴ってみたものです。


「毛は絶対に剃るな、抜くな!!そのままにするんだ、我が主!」

「そんなの絶対にイヤだ。水着や礼装の時、毛がはみ出ているなんて、私は絶対にイヤ!」

と、そんな言い合いをする主従も素敵。

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